2013年7月11日木曜日

夏いです

先週まで雨ばっかりだった気がするんですけど?なんか急に暑くなっちゃいましたね。今年は特に気温が高いみたいです。熱中症になって倒れる人も多くいるみたいです。このblogを見てるみなさんも気をつけてくださいね

しかしこれで7月上旬というのだから、8月はどうなることやら?あまりにも暑くて日本滅びるんじゃないの?とかバカなことを考えながら生きてます。仕方ないよね、ただでさえバカなのに暑さで頭がやられちゃってるんだもん

しかし病院内ではいつもどおりスクラブ+白衣(しかも長袖ロング)というスタイルを貫いてます。手術室内はスクラブ+術衣という変わった組み合わせです。冷房が効き過ぎると今度はクシャミが止まらなくなるし。脳がやられちゃって体温調節もおかしくなっちゃってるから仕方ないね


ボクにとっては地獄のような季節ですが、なんとか麻酔科研修を続けてます。気管挿管の件数も10件を超えました。これにプラスしてラリンジアルマスクが7-8件前後です。鹿児島での研修が終わる頃には何件になってるんでしょうかね?

気管挿管以外にも薬をシリンジ内に入れたり、麻酔記録を書かせていただいたり色々させていただいております。あとは抜管がうまく出来るようになればなぁ?まだ呼吸に合わせてチューブを抜くという行為にためらいがある感じです


鹿児島での研修もあと2週間とちょっとになりました。ともかくやり残したことはさっさと済ませないとね。桜島を見に行ったりとか、保険の書類とかレポートとか机の上の片付けとか色々。これってあと2週間で片付くの?

2013年7月3日水曜日

太陽に向かってバーカ!!

やめてください、太陽が怒ってもっと暑くなるじゃないですか。これ以上温暖化が進んだらどうするんですか?そもそも太陽が何をしたと言うんですか?むしろ色々と恵みを受けてますよね?それをバカとは何なんですか?バカと言う方がバカなんだぞ、このバカ

7月に入りました。夏です。上の文章は夏の暑さに当てられて頭がおかしくなってるんです。病院内は冷房が効いているのでいいんですが、クリニックから病院に移るときとか、病院から帰ってきて家に入るときなんかが地獄です。ムワッとします。あと生ゴミをきちんと処理しとかないと匂いが漂ってきて死にたくなります。


7月から麻酔研修です。まだ始まって数日なので、本当に麻酔科の先生がなにをやっているのか理解できていない状況です。あっという間に麻酔が効いて、挿管が始まって、術中の記録を書いて、手術が終わって、麻酔が覚めて、抜管といったような内容です。1ヶ月しかないので、なるべく早めに取得するようにします。

麻酔科研修に入ってから、鹿児島で初めての気管挿管を体験しました。上戸町でも何度かやったはずなんですが、なにせ1年近く前の話なんでほとんど初めてみたいな感じで手技を行なってます。2日目は4例やって3例を無事に成功させました。あと1例は当然の如く食道挿管をやってます。2回目の挿管でなんとかうまくいきましたが。

さっき熱くて死ぬとかぬかしたばかりですが、外科研修以上に麻酔科はオペ室の寒さを感じられます。麻酔器の直上に冷房があるのです。ダイレクトアタックですよ。病院の外は暑いし、オペ室の中は寒いし、ホントに身体の調子が悪くならないか心配です。

とりあえずあと1ヶ月です。なんとか頑張ります。

2013年6月28日金曜日

カビが生えまくる天気です

雨です。今週1週間ほとんど雨です。昨日は珍しく太陽が拝めたかと思ったら、今日も雨です。そして明日も雨です。小降りだったらいいんですが、ボクが外に出て自転車を乗り始めたのと同時に大振りにするのはやめてくれませんかね、高木ブー雷様

鹿児島生協病院に併設して谷山生協クリニックという建物があるのですが、医局はクリニックの方にあり、鹿児島生協病院に診察や手術に向かうときは必ず傘を差そうか微妙な距離の道路を渡らなければなりません。もちろん別々の建物扱いなので間に屋根があるなんてことはありません(屋根や廊下を作ると同じ建物扱いになってしまい、医療法とか診療報酬とか色々問題が出てきてダメらしいです)

よし行けると思った時が渡りどきです。でもそう思って出発した瞬間に大降りになって結局ずぶ濡れになるなんてしばしばです。もうちょっとどうにかなりませんかね、お役人様?何メートル以内なら病院と診療所間の通路に屋根を設けたり、廊下を設けていいとか許してくれませんかね


今日がボクが入る手術の最終日でした(明日とか明後日に緊急手術がなければ)。最後(の予定となる)手術は腹腔鏡下胆嚢摘出術でした。一番最初に入った手術も腹腔鏡下胆嚢摘出術でした。ああ嫌だ、いきなり腰が痛くなって交代したことを思い出します

結局その後は腰痛の再発なく、なんとか最後の手術まで第2助手を務めることができました(予定)。とりあえず当初の心の中の目的であった「外科研修中に腰椎の手術にならない」が果たされたので良かったと思います(予定)


それから7月から2年目研修医の先生 3名が他施設の研修に移ったり、産休・育休だったりで鹿児島生協病院を離れます。G藤先生やA美先生にはきちんと最後の色紙にコメントを残せたのですが、N村T郎先生(医局にはN村先生がたくさんいらっしゃいますので、下の名前まで付けさせていただいてます)には送別会で色々と邪魔が入ったり、恥ずかしさでうまくお別れの言葉が言えなかったので、わざわざここに記載することとします(おそらく見ないだろうけど。鹿児島生協のブログに書くのも恥ずかしいし)

ボクとは6ヶ月という短い間でしたが色々とお世話になりました。特に朝カンファ時には積極的に司会をされたり、改革(?)に取り組んでいたり、鹿児島生協病院研修医のリーダーとしてみんなを引っ張っていったりと非常に頼りになる存在だったと思います

7月からボクへのツッコミ役が1人減ってしまい、寂しくもありますがその分はT澤先生やN原先生がきちんとやってくれることだと思います。安心して徳之島診療所の研修へ旅立ってください。そして仕事していたのかどうか微妙なくらい日焼けしてきて、その様子をブログにアップしてくれることを心待ちにしております


あー、恥ずかしかった

2013年6月20日木曜日

死んでません

でも生きているかは微妙です。風邪は確かに治ったぽいです。でも老化したのです。知らない間に2X歳になったのです。去年と年齢の記載が変わらない来ますが気のせいです。歳は取りたくないものですね。

それとどこから情報が漏れていたのか、生協病院医局朝礼でで誕生日を祝われるというハプニングがありました。年齢不詳のまま鹿児島での研修を終わらせたかったんだけどなぁ?恥ずかしくてたまりません。とんだ羞恥プレイです

きちんとプレゼントも受け取りました。印鑑・ボールペン付きのタブレット用ペンです。なぜかこっちにきてからかなりの頻度でボールペン(とペンライト)を失くしているため大助かりです。いや失くすから逆に持って歩けんわ

さて、外科研修も残り2週間を切りました。ボクが担当医の手術症例も残り2例です。あっという間でした。麻酔科の1ヶ月もあっという間に過ぎていくんでしょうね。あと1ヶ月あるから大丈夫とか言ってたらレポートとか書類とか溜まっていくんでしょうね。夏休みの最終週のようなもんですかね


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もらったペンです
失くさないように後生大事にとっておきます

2013年6月10日月曜日

頭のなかがタイムリープ

要は先日のblogの内容が頭悪すぎるってことです。自分でも読み返してみて、大阪万博とかいきなり書き始めて訳がわかりません


原因は思いつくんです。大阪で何らかのウイルスをうつされたのです。お陰でくしゃみと鼻水は止まらないわ、いつもよりもオペ室が寒く感じて冬眠回数が多くなるわ踏んだり蹴ったりです。でも寝ると風邪の時によく見る悪夢(あのぐるぐるまわる感じの)を見るので不眠もすごいことに

しかし、しばらく安静できそうにないのも事実です。明日上戸町病院からK藤Dr.が来られたり、水曜日の英文抄読会がボクの番だったり(しかもまだ全部訳しきっていない)。

風邪の特効薬があればいいんですが、それも現代の科学ではかなわぬことです。人間が作った抗ウイルス薬なんてインフルエンザ、ヘルペス、HIV、B型肝炎の一部くらいです。風邪の原因の一部であるライノやアデノなんてまだ抗ウイルス薬がないのです(そもそもほっといても大半は治るので、作る意味もない)

もしかしたらウエストナイルウイルスとかニパウイルスとかハンタウイルス、マールブルグウイルス、エボラウイルスなんかかも知れません。もしそれらだったら2週間以上は更新が止まるものと思っててください。というかかなりの確率で物理的に冷たくなって床に横たわっているかも知れません


そんな最悪のコンディションではあるんですが、仕事には来ています。そしてくしゃみでウイルスをまき散らしてやっているのです。伝染っちゃったらごめんなさい。でも元はといえばT澤Dr.が東京からもらってきたものの可能性も無きにしもあらずなので、ボクだけを怒らないでください


明日は上戸町からK藤Dr.も来られるのですが、明日は頭が回っていない可能性は大です。そして運悪く感染ってしまっても、ボクを責めないでください。鬱ってしまいますので

2013年6月9日日曜日

大阪万博

太陽の塔前でblogを書いています。なにせ大阪万博ですから。世界各国からいろんな人が来ててホントに騒がしいです。すごい盛況ですね

・・・嘘です。そもそも年代が違うし、ボクが生まれる前だし。タイムマ○ンをド○えもんに頼んだりしないとこれないし。その時代にインターネットなんかないし

仕事ですよ?セカンドミーティングって言って、民医連2年目研修医の集まり的なイベントに来てるのですよ。他病院の研修医の先生方と情報交換(という名の雑談)をしたり、後期研修について学んだり、勉強したり・・・


それはいいんですが、初日の移動が大変でした。朝からカバンが開かなくて切開するハメになったり、一緒の車に乗ってたのに存在を記憶から抹消されてたり、バスの切符を買い終えた途端に動き出して、結局皆とはぐれたり・・・

バスに乗り遅れたときは、そのままサボってユニバーサル・ス○ジオ・ジャパンに行こうとか考えちゃいましたが、さすがに一人だけだと寂しいのでやめときました。そっちに行っても怒られるだけだし

参加した感想ですが、後期研修をどうしようか、将来何かに進もうかとか悩んでたので先輩方の経験が聞けたり、各科のやりがいを聞けたりと非常に有意義だったと思います。余計に何かに進もうか悩むことになりそうですけど


しかし後1年もせずに後期研修なんですね。早いなー・・・。家庭医?神経内科?リハビリテーション科?それとも麻酔科?

2013年6月1日土曜日

6月になりました

祝日が一切ない月です。そして梅雨も本番で雨がちな月です。死にたくなりますね!8月もクソ暑いのに祝日も一切ありませんが、あっちは夏休みという究極兵器を持ってます。少しくらい寄越せと言いたいです

そこでアレの日、ちょうど土曜日だし病院を休んでやろうと思ったのですが、勤務希望表に記載をしなかったので、結局普通の勤務日に・・・。というか机が汚すぎて6月の勤務希望表がどこにいったのかわかりません。この前整理してたら5月初旬に記載した退院サマリーが出てきて、慌てて元指導医に提出して来ました。でも勤務希望表はどこにあるのかわかりません

今机の上はこのパソコンとwindowsのタブレット(windpad 110w)の他は教科書やら仕事の書類やら、カンファレンスの資料やらが溢れかえっています。そろそろ整理し始めなきゃなと思いつつ、こんなblogを書いているので、結局口先だけの人間です

6月も外科です。5月は胆石症や虫垂炎、鼠径ヘルニアなどわりとcommon diseaseな疾患を中心に受け持ちを持たせて頂きました。手術記録も2件自分で記載しました。さてそろそろレポートを書かなくては7月の鹿児島生協病院での研修終了に間に合わなくなるのですが、言わずもがな

外科は日曜日も午前中に回診などがあるので、その日の午後にそろそろ書き始めようかなと思っています。眼科の眼球発赤だとか、小児科で受け持った腎前性腎不全(高度脱水)とか、リンパ節腫張(川崎病)とか・・・。うーん、ただでさえ忙しいのにやっぱり休みがなくなるじゃないか。まあ自業自得なんですがね

あと気になるのはCPCレポート。今年に入ってから剖検症例が1つもないのです。7月にボクのCPCの番が回ってくるみたいなのですが、まだ症例残ってるのかなー?というよりもあったとしても書き上げることが出来るのか?

鹿児島での研修もあと2ヶ月となり、そろそろレポートに追われる日々です。やすみたーい

P.S.
ついに閲覧者がのべ10,000人を超えました。ついでに記事数も今回で60件目です
googleで「研修医 ブログ」で検索するとボクのパソコンではかなり上位に表示されるようになったのですが、みなさんのパソコンではいかがでしょうか?








10,000内の5-6%近くが日本以外からです。韓国とか中国、アメリカはわかるけど、ドイツとかロシアとかはどうやって検索してきてるのか?

2013年5月27日月曜日

24時間戦い続けてます

腰痛と睡眠障害に。手術見学の最中に冬眠(微妙に手術室は寒いのだ)しそうになったこともあるし、鈎引きを他の先生の手を避けながらやってると、おかしな体勢のまま保持しなきゃいけないなんて状況もしばしばだし・・・。

でもあと1ヶ月なんですね。救急の時よりずっと短く感じます。なぜなんでしょうか?忙しいかといえば受け持ちの患者さんは週に1-2人で、だいたい病状も安定している人たちばかりだからそうでもないし、手術が毎日あるわけでもないし・・・。うーん?

もしかしてアレですか?歳をとると時間の流れが早く感じられるようになるとかそんなのですか?もうすぐアノ日が来ますが、たった1ヶ月の違いだけでこの差なんですか?なんか1日1日を損したような気分になります。歳はとりたくないもんですね。


速攻で終わってしまいそうな勢いで時間が進んでいってるんですが、外科研修は非常に楽しいですよ。上戸町病院には整形外科しかないので、虫垂炎とか胆石胆嚢炎とかは外科施設のある病院に転送するしか術はなく、治療まで見る機会はほとんどないんですが、それを最初から最後まで見ることもできるし、縫合や処置などを学ぶことができますし。

特に処置なんかは「えっ、こんなんでいいの?」みたいな感じのも多々あります。いや自分の勉強が足りなくて、そんな感想を持ってしまっているのは分かっていますが。人間の治癒力って思ったよりすごいのね。

あと1ヶ月が腰と精神に気をつけつつ頑張っていきます。6月はセカンドミーティング(2年目研修医の集まり)で大阪に行ったり、絶対に避けたいのに避けられないアレの日が来たりと、祝日が1日もないくせにやることはいっぱいです。

そして来週の火曜日はまたボクの朝カンファ講義の番です。流石に神経難病とかやっても自分も他人も理解できそうにないので、脳梗塞からの続きで脳出血をやろうかなって思ってます。そしてこの講義をしたら、また救急外来に脳出血が来るんですよ。

やっぱり忙しいじゃないか

そして今日の謎
ルーマニアとかエクアドルとか
いったい何があったのか?

2013年5月18日土曜日

まだ五月病+Insomniaです

でも6月も7月も続く予定なので、ずっと五月病です。いつまでたっても五月病です。唯一2月くらいじゃないですかね、五月病じゃないのは。かわりに二月病にかかりますが。

あと最近Insomniaです。英語だとカッコイイですが要は不眠症気味ですと。朝も7:00くらいから病棟の血ガスを取ってこないと行けないし、夜は夜でカルテ記載があるし。まあさっさと仕事を終わらせて、家で余計なことをせずにすぐに眠ればいいだけという話なのですが

火曜日のの勉強会はボクの番で「脳梗塞-知っておくと役立つかもしれないアレコレ-」と称してearly  CT signとかNIHSSとかBrunnstromとか講義してみたりしました。治療の話とかほとんどやってないけど、まあ1年目の先生方に少しでもISLSとかに興味を持っていただければ

まあそんなこんなで適当な感じで脳梗塞の講義をしたのですが、昨日の準夜外来の時に下肢の脱力の患者さんが来ました。CTとMRIをとってみたらはっきりとしたラクナ梗塞が・・・。すぐさま入院、バイアスピリン100mg 2T1×で治療を開始するととなりました

今は外科研修中なので、あとは1年目の先生にバトンタッチです。・・・といってもあとは頸部エコーとかリハビリのオーダーとかしかすることがないような状況ですが。でもNIHSSとかBrunnstromとかとってもらえたら嬉しいなっと。あと神経所見すっごい適当にとってゴメンネ?


どうでもいいですがこの間のACLSといい今回の脳梗塞といい、講義が終わったタイミングでちょうどその患者さんが来すぎだろうと。たまたまなんだろうけど

これでパーキンソンとかジストニアとか進行性核上性麻痺とか多系統萎縮症とか筋萎縮性側索硬化症の講義をして、その患者さんがやってきたら間違いなく本物とか言われるんでしょうか?


・・・次の講義はどうしようか?

2013年5月11日土曜日

外科研修が始まりました

初日から腰を痛めちゃいました。その場で他の先生に交代し、手術室内で整形外科の先生に診てもらうという異例の展開に・・・。その次の日の手術からボクには椅子が用意されるようになりました


そんなこんなで恥ずかしいスタートを切った外科研修です。やることは腹腔鏡などのカメラ持ちや術後の管理、創処置などです。すでに腰を痛めたところで2ヶ月持つのかという不安がありますが(指導医の先生にも心配をかけまくりました)、出来る範囲でなんとか頑張って行きたい所存です

まだ始まって数日ですが、今まで学んできた科と違うことも多々あり混乱することもある反面、楽しみでもあります。オペをするのは手が震えますが、オペを見るのは大好きです。創処置もみっちり学ぶことが出来るみたいなので、いままで学ぶ機会に恵まれなかった分をここで挽回しておきたいです


さて5月になりました。ゴールデンウィークが終わったのでやっぱり鬱です。医師の異動も多くて仲良くなったばかりの先生方が次々と別の院所に移ったりしてます

救急で1ヶ月間一緒に研修を受けていた宮崎のM田Dr.ですが、先週宮崎に帰られました。非常に(頭が)光輝かんばかりの先生で、ボクと違って積極性もあるので、救急研修中はずっと頼りっぱなしでした。ボクよりも先に鹿児島生協病院に来ていて、完全に鹿児島の先生という感じでしたので、急にいなくなるとかなり寂しいです。とかいいつつ6月にまた会うのですが

となりの机にいた外科医のS東Dr.も一昨日が最終勤務で、また別の院所に移ることになりました。同じ腰椎椎間板ヘルニア患者同士で、外科研修では数日間だけですが色々腰痛についてアドバイスを頂けました。腰に気をつけて頑張ってください

去ってしまった先生もいるのですが、代わりに入ってきた先生もいます。米の山病院からG藤Dr.が2ヶ月間救急研修にいらっしゃってます。大学時代に同級生だったG藤先生の妻で、S大学の後輩です。でも同じ2年目研修医です。不思議ですね?米の山病院も色々大変だったらしく、こちらに来られて少しいきいきとしておられるようです


そんなこんなで周囲もボクも不安定なところがありますが、なんとかやってます。とりあえず先週1年目の先生に「これが死戦期呼吸だよ」と偉そうに教えてみました。自分も見るのが始めてだったくせにね。ついでに火曜日朝には偉そうにシンシナティ病院前脳卒中スケールとかBarthel indexを教える予定です。偉そうに教えますが、実際には全然覚えてないです